2026/08/08 11:27

先日、あるマルシェで、こんな会話がありました。


「この雫がいいんですけど、イヤリングからピアスに変えられますか?」


目の前に並んだ雫たちの中から、お客様がすっと指差してくださった、あの一粒。


対面だからこそ生まれた「この雫」という言葉でした。


手のひらの上で光にかざしながら、迷わず選んでくださったのを覚えています。


でも、ふとあとになって気づきました。
もしこれがオンラインでのやり取りだったら、同じことは起こらなかっただろう、と。


留め屋のガラスは、ひとつひとつ作り手の手作業で生まれています。


同じ作品名でも、色の溶け方、気泡の入り方、光の抜け方は、まったく同じにはなりません。


バーナーでガラスがどう溶けるのかは、私たちにもコントロールしきれない部分があって、
それがこの仕事のおもしろさでもあり、難しさでもあります。


対面なら、指差せる。手に取れる。「これがいい」とその場で言える。


けれどオンラインの商品ページには、その一粒を名指しする方法がありませんでした。


同じ「雫」という名前の写真が並んでいても、どれも同じに見えてしまう。


お客様の中に生まれた「これがいい」という直感を、受け止める窓口が、私たちの側になかったのです。


「あの子」をちゃんと見つけてもらうために


マルシェでの、あの何気ない会話をきっかけに、ずっと考えていました。


対面でしか起きなかったはずの「この雫がいい」という瞬間を、オンラインでも起こせないだろうか。


言葉になる前の、あの直感みたいな「好き」を、画面の向こう側でも、置き去りにしたくない。


そこで、作品名ごとに通し番号をふることにしました。


たとえば「朝露」という作品なら、朝露 #01、朝露 #02、朝露 #03……というふうに。


同じ名前の中にも、色合いの違うもの、気泡の表情が違うもの、光の当たり方でまったく印象の変わるものがあります。


番号がつくことで、「なんとなく好き」だったものが、「これが好き」に変わる。


お客様の中にあった曖昧な感覚に、輪郭を与えられるような気がしています。


一粒ごとに、名前ではなく「その子」として


番号をふるというと、少し事務的に聞こえるかもしれません。


でも私たちにとっては、むしろ逆です。


「雫」というシリーズ名の中に埋もれてしまいがちだった、一粒一粒の個性に、あらためて光を当てる作業だと思っています。


バーナーから出てきたときの気泡の並び方も、色ガラスが混ざり合った境界線も、二つとして同じものはありません。


それは偶然が生んだ模様であり、その一瞬にしか立ち会えなかった証でもあります。


番号は、そのひとつひとつに「あなたは確かにここにいた」と言うための、小さな在り方の証明のようなものかもしれません。


これから


次の商品ページから、少しずつ番号を反映していく予定です。 「あの日、心を動かされた一粒」を、これからはちゃんと名指しできるように。


そしてもし「この番号のこれが好きだったのに、もうない」と思うことがあったら、それもまた、ガラスが一期一会でできていることの、ひとつの表れなのだと思います。

同じ名前でも、同じものはひとつもない。

その小さな違いごと、これからも大切に届けていきたいです。